「宮崎市長選」 |
「その漢、清山とものりにつき」
少しだけ私が知っている清山とものりの話をさせてください。
私と清山は幼馴染。同じ年で同じ小学校、同じ蕎麦屋のせがれ。そのせいか幼少の頃からよく比較されてきました苦笑。私は出来の悪い2代目、かたや西校理数科から現役で東大に入り医者になった誰もが認める天才。そしてニューヨークに渡り活躍。しかし数年後、故郷の医師不足を聞き帰ってきてくれました。あの時は本当に嬉しかったのを今でも覚えています。それからしばらくして今度は県議になりたいと相談されました。その時の衝撃も覚えていますが、あの頃からゆくゆくは市長になりたいと言っていました。知事でも国政でもなく市長。このままでは宮崎市は沈没してしまう、変えなければいけないと。はっきりいいます、清山は100年にひとりの逸材です。1000年と言っても過言はないでしょう。17年の医師としての現場経験を持った市長候補は稀です。清山がどう思っているかはわかりませんが、お金を稼ぎたければ医師を続けていればよかったし、名声が欲しければニューヨークに残っていればよかったはずです。そんな男が自分の人生を投げ売って宮崎のために手を挙げてくれました。手を差し伸べてくれました。その手を掴むのは私達です。かつての消去法でしか選べなかった選挙、お笑い芸人しか選べなかった選挙とは違います。36歳だから若い?政治家に年齢が関係あるでしょうか。大切なのは資質です。想いやパッションだけではどうにもならないこともあります。清山にはその資質があります。それはみなさんも御存知のはず。県議選二期連続ぶっちぎりのトップ当選が物語ってます。このチャンスを逃せば次は四年後。それじゃ遅いんです。負の遺産になるのが目に見えてるアリーナなど必要ありません。できてからでは遅いんです。私達に必要なのは正しい選択をしてくれる新しいリーダーです。街は政治でしか変えられません。どうか正しい選択を。未来は僕らの手の中。
追伸。神様がいるとしたら清山を蕎麦アレルギーにしてくれたことを心から感謝します。彼がそうでなければこうはなっていなかったでしょうし、蕎麦侍は私ではなく清山だったかもしれません笑。ありがとう神さん。
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